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教化部長挨拶

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全ての物の中に神を見る生き方

教化部長 木場一廣

4月24日は谷口輝子聖師の33年祭です。教化部では午前時より御祭りを大拝殿で行い、ライブ配信いたしました。
聖姉谷口輝子先生は日常生活の中で真理を実践される誠実さと愛の深さが御著書を通して伝わって参ります。先生の御著書『信仰の幾山河』(昭和51年刊)の中で、「物のいのちを拝む」という題のところで私達の心とすべきが次のように書かれています。

『戦中、戦後にかけて、50歳を過ぎた夫は、毎朝5時から鍬をかついで畑へ出て行かれた。いろいろな作物には肥料が必要だが、肥料を売る店も影をひそめたし、配給もなかったので、家庭の下肥を利用するしか道がなかった。その頃、米軍の空襲で焼け出された本部員の堀静さんが妹のみどりさんと姪の須賀子さんとをつれて我家へ住むことになった。物資の欠乏している堀静さん一家に、私は衣類や食物を分けて上げていると、堀さんは「有難くて有難くて…」と毎日感謝ばかり述べていられたが、1つだけ、どうしても感謝できないことがあった。それは師である谷口先生が、弟子である堀さんのお便所から、しばしば汲み出して行かれることであった。勿体なくて、畏れ多くて、身も心も縮む思いがした堀さんは、「どうぞ、私の方をお汲みになることばかりは御許し下さいませ」と泣かんばかりに私に言うのであった。私は夫に、「恐縮して辛がっておられますから、堀さんの方だけは止して下さい」と頼んで見た。ところが夫は平然として、「何を辛がることがあるか。こっちは汲まして貰わねば作りたい野菜も作れないじゃないか。要らざる遠慮だ」と、一向に諾きき入れて下さらなかった。しかし堀さんは辛がった。「先生が止めて下さらなければ、勿体なくて申訳なくて、居たたまれない」
ついに堀さんは代々木の方へ移って行った。80歳になった堀さんは、今は本部の長老となって、親切な信徒のアパートに老後を養っておられる。眼鏡なしで神誌を読んで、来る日も来る日も感謝の日暮しをして居られる。
私は夫が、師弟の感情を超えて、物を育てるに必要な尊い肥料としか見て居られない気持も解るし、堀さんのように、師が弟子の臭いものを汲むなんて勿体ない、申し訳ないと思う心も解るし、またそう在るのが弟子の心として当然だとも思うのであった。
さまざまな過ぎ来し頃のことを思う時、物資がとぼしかろうと豊かであろうと関りなく、神の恵みのものばかりなのだから、一粒の穀物も、一枚の葉も貴く大切に思い、生かさないで空しくしてはならないと思う。
神の恵みの一切のものを、拝んで利用させて頂きたい。物質と見えるけれど、物質は単なる物質ではなく、神の愛の具象化なのである。唯有難い賜物である。』
このように一貫して物を大切になさった雅春先生、輝子先生の御精神は、今運動の中に生かされています。私達も受け継いで物の奥にある神様をもっともっと拝んでまいりましょう。

行事のご参加、月刊誌のお申し込みはこちらまで TEL 03−5319−4051 10:00-17:00【木・祝日除く】

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