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教化部長挨拶

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すべて良し!

教化部長 木場一廣

10月28日は大聖師谷口清超先生の13年祭です。教化部では午前10時から御祭りを行います。ネット配信の予定ですので聖経『甘露の法雨』持参で御参加下さい。

幕末から明治に掛けて活躍された山岡鉄舟という方がおりますが、そのエピソードが『生命の凝視』(昭和18年刊 谷口雅春先生御著書・今は出ていません)に次のように出ています。

『山岡鉄舟は維新後宮内省に出ている頃、東京から三島の龍潭(りゅうたく)寺まで箱根越しに歩いて往って参禅した。東京から三島まで30里以上の道を、宮内省が、11と6との日が休みなので、その前日10と5との日は晩飯を済ますと握飯を腰につけて草鞋がけで出掛けるのである。3年間雨が降っても風が吹いても、この参禅は休んだことがなかったという。これは小倉鉄樹氏の山岡鉄舟伝による。これ位の熱心さがなければ、道に到達することが出来るものではない。3年目に龍潭寺の星定和尚が山岡に「よし」と允可を与えた。山岡自身は、悟ったとも何とも考えなかったが、龍潭寺を辞して箱根へ差しかかると、山の端から富士が見えた。これを見たとき大悟した。この日大悟することが、星定和尚には解っていたのだった。

晴れてよし曇りてもよし富士の山

この句は勝海舟の句のように聞いていたが、山岡鉄舟が富士を見て悟った時の心境を鉄舟が和歌にしたもので、それには「晴れてよし曇りてもよし富士の山 もとの姿はかわらざりけり」と下の句がついているのが本当だそうである。下の句は寧ろ蛇足だとも思われるが、これは涅槃経の「月の性もと没性なし」と云う譬喩(ひゆ)と好一対だと思う。月は地平線上にポッカリ上った時にオギャーと生まれたのでもなければ山の端に隠れた時に死んだのでもない。また三日月のようになった時に痩せたのでもなければ、満月のように顕れたとき腹膜炎になったのでもない。どんなに見えようとも、月は本来円満であって、没性もなく、又かけることもない。富士も亦どんなに曇ろうとも曇ってはいない』

山岡鉄舟は電車も車もない外灯もない時代に凄い速さで山中を駆け抜けたと思います。
15年前ぐらいの事、ある附属幼稚園の公開研究会の折、雨のため園庭での活動が出来ない事がありました。普通は「雨で園庭での計画が全部ダメになって残念」と思いやすいのですが生命の教育を学んだ園長先生は朝の打合会で「このような天気でなければならない『良さ』というのが必ずあるものです。このことを頭において、本日の保育をお願いします」という話をされたそうです。ところが受付が始まる頃になると雨脚がもっと激しくなって、いつものように遊び回る園児に加えて100名あまりの大人が園舎に入ってきましたので廊下を歩くのも大変な混み具合になったそうです。しばらくすると雨は小降りになって

参観者もテラスを通って移動できるようになりました。そこで、園長先生も来賓の方を案内しながら保育室を廻ってみるとあちこちで狭い空間を利用した新しい遊びを工夫している様子に出合い、見入ったそうです。参観者からは「雨で室内の遊びになったので、子どもの様子や保育者との関わりがよく見えて良かった。」「急な雨でも、先生方は落ち着いていていつもの通りの援助をなさっていた。そのゆとりに普段の実力を感じた。」等感想を述べられたそうです。その時、園長先生は、以前生教会のN先生が山岡鉄舟の歌をもじって「晴れて良し 曇りても良し 雨も良し 雪また清し 学びの園は」の歌を思い出したそうです。私たちも何があっても「すべて良し」という信念で実相を見つめて参りましょう。

行事のご参加、月刊誌のお申し込みはこちらまで TEL 03−5319−4051 10:00-17:00【木・祝日除く】

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