自然と人間の大調和を回復しよう!

教化部長挨拶

  • HOME »
  • 教化部長挨拶

『凡庸の唄』が出ました

教化部長 木場一廣

生長の家総本山より新しい『大祓』のパンフレットが届きました。大祓の御祭りは教化部では6月26日(火)10時半から開催されますが、龍宮住吉本宮では6月30日に執り行われます。パンフレットの一番最初に大祓の本義(本当の大祓は実相世界の顕現)という題で御文章があります。
『生長の家創始者・谷口雅春大聖師は大祓の本義について次のようにお説き下さっています。「浄めるというのは、虚妄(にせもの)をみな吹き祓って、非実在の地獄の中に虚妄を封じて無くしてしまうことであります。そして実相完全の世界を顕わすのが大祓であります。我々の罪穢れというものは物質の汚れではないから、埃叩き(はたき)で叩(たた)いても祓うというわけにはいかんのであります。自分が虚妄の中から抜け出して、実相世界へ跳入する。一躍跳入実相世界。一跳びで現象世界を超えて、実相世界へ跳び込まなければならない。これが本当の大祓であります。大祓というのは、自分の世界観が変わることです。この世界が物質の世界であると思っておった考えを全部祓い浄めて、〝物質は無いのである〟という根本的な真理を悟ることが本当の大乗大祓の儀式である、ということが出来るわけであります。(『聖使命』昭和56年8月1日)』
この意義をしっかりと受けとめ、日常生活に生かしてまいりましょう。そして沢山の人に人型を広め、真心込めて人型を書きましょう。
総裁谷口雅宣先生が『凡庸の唄』を出版されました。この書の「あとがき」の最後に次のような御文章があります。
『自然界の動きに呼応して凡庸に生きること ― 他の生物すべてがやっていることを、人間がしなくなっている。逆に、人間の要求に合わせて自然をネジ曲げること。それで幸福を得られると夢想すること。この自然に対する人間の好き勝手な態度が、対人関係に及ばないはずがないのである。人間社会は自然界と別物ではない。人間社会の先に、人間社会を含んだ本当の価値がある。自然を慈しむことと、人間社会を愛すること ― 二つは実は同じことなのだ』
この凡庸の唄を読み味わってみましょう。

頭注版『生命の實相』第20巻の143頁から野の百合の生きる道という詩が掲載されていますが148頁に次のような箇所があります。
野の百合は「道」を説かず、
また千万円を「貧民」のために施そうとは思わない。
かれは与えられた養分に満足して、
天命のあるだけの生活を営みつつ、
虚偽も策略も術数も大乗も小乗もなく、
社会改革者になろうとも思わないで、
また世界救済の大導師になろうとも思わないで、
凡人のごとく生きている。
その生活そのままが大導師である。
ここに「道」がある。
それは凡人の生くる道である。
誰にでもしようと思えば今からできる道である。
誰にでもできる道でなければ道ではない。
野の百合の生きる道ーーおおここにその道がある。

『凡庸の唄』は、この部分の「凡人の生くる道」 と共通しているような感じがします。

 

(生長の家東京第一教化部機関紙『明るい東京』5月号より)

行事のご参加、月刊誌のお申し込みはこちらまで TEL 03−5319−4051 10:00-17:00【木・祝日除く】

  • Facebook
  • Hatena
  • twitter
  • Google+
  • LINE
PAGETOP
Copyright © 生長の家 東京第一教化部 All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.